大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)322号 判決 1964年1月16日

上告人

大沢英次

右訴訟代理人弁護士

滝川三郎

被上告人

石塚トシミ

外三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人滝川三郎の上告理由第一点について。

所論は、遅くも昭和二八年一一月二一日頃本件土地賃借権の譲渡につき賃貸人である上告人の承諾の意思表示があつた旨竝にこれに関連する事実の原判決の認定を非難して、その過程にいかにも所論違法があるかのように主張するけれども、実質は原判決が挙示の証拠関係に照らして適法にした事実認定を攻撃するに帰し、原判決には所論違法は認められないから、論旨は採用できない。

同第二点について。

所論は、民法六一二条の解釈の誤りをいう。しかし、原判示のような事情の下においては、他に別段の事情の認められない限り、被上告人石塚トシミが本件土地賃貸人である上告人の承諾を得ないで、その賃借権の一部持分をトシミの親権に服する被上告人石塚洋子同一夫らに譲渡したとしても、これをもつて賃貸人に対する背信的行為であるものとして又は民法六一二条に反するものとはいえないと認めるのが相当であるとした原審の判断は、首肯できる。これと異なる所論は独自の見解であつて採るを得ない。

また、被上告人トシミの同洋子、同一夫に対する親権終了後における事情の変化について原判決が一顧も与えなかつたことの違法という点は、原審において主張なく、従つて判断を経ない事実を以つて原判決を非難するものであつて、適法な上告理由に当らない。その余の主張は、ひつきよう原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実認定を非難するか又は原審の認定に副わない事実に基づいて原判決の違法をいうものであつて、論旨はいずれも採用できない。

同第三点について。

原判決が、所論診察室の建物は被上告人トシミが訴外古川信重から買受けた建物の建増にすぎず実質上これと一体をなすものであることが認められるとし、且つ右建物の敷地である土地についてトシミ等が賃借権を有するものであることが認定できるから、これらの事情からみると、右建物の診察室の部分が被上告人石塚明(トシミの夫)の所有名義となつており、右明において居住使用しているからといつて、それは土地賃借権の譲渡又は転貸できないのはもちろん、これを賃借地の用法に反し又は賃貸人に対する背信的行為に当るものとして土地賃貸借契約を解除する理由となるものとは認められない旨認定判断した点は、是認できる。これに反する所論は独自の見解であつて、採用できない。

また、甲二〇号証(別件答弁書)甲一二号証(別件判決正本)中に所論趣旨の主張の記載されていることは所論のとおりであるけれども、原判決は、右診察室の部分に関する事実認定は挙示の証拠の他にこれを左右するに足りる証拠のないことを判示しており、右甲二〇号証、同一二号証を以つてしても右認定を動かし得ないことを説示していると解せられ、その証拠取捨の判断は肯認するに足りるので、判断遺脱又は実験則違反をいう所論は、採用できない。

同第四点について、

所論は、原判決の信義則無視の違法あるいは理由不備の違法をいうが、判示の如き事情の下においては、他に別段の事情の認められない限り、被上告人トシミが本件土地賃貸人である上告人の承諾をえないで右建物敷地の借地権を訴外八崎又三郎に譲渡する契約をしたことがあつたとしても、これを以つて賃貸人に対する背信的行為があるものとし又は民法六一二条の法意に反するものとはいえないと認めるのが相当であり、従つて、これが本件土地賃貸借契約解除の理由となるものとは認められないとした原審の判断は、首肯できるものであり、原判決に所論民法六一二条の法意誤解はなく、所論は独自の見解であつて、採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 下飯坂潤夫 斎藤朔郎)

上告代理人の上告理由

第一点 <省略>

第二点

原判決は民法第六一二条の解釈を誤つている。

原判決はその理由二、において、「被控訴人石塚トシミが昭和二十九年五月二十四日被控訴人石塚洋子、石塚一夫に対し原判決添付第一物件目録記載(二)の建物に対する三分の二の持分を、その敷地である控訴人主張の土地に対する同割合の賃借権持分と共に譲渡した」経緯として「右洋子及び一夫が右トシミの子で、当時いずれも未成年者として右トシミの親権に服し、同居していたものであり、被控訴人トシミは、さきに右トシミ、洋子、一夫等所有名義となつていた家屋を処分して得た代金その他亡夫(先夫)の相続財産に借入金等を加えて、これをもつて前記建物を古川信重等から買受けたものであるので、しかもたまたま建物の所有名義は税の関係上共有名義の方が有利である旨をきいたので、前記のように右建物の所有持分三分の二を被控訴人洋子、一夫に譲渡し、これに伴つて敷地の賃借権の持分をも同じ割合で右洋子等に譲渡すに至つたものであり、被控訴人トシミが右洋子及び一夫の親権者として、右洋子等を養育し、その財産を管理し、右賃借地に対する賃料の支払その他の事務を処理し、又右洋子等が家族として、右トシミの許に同居するものであることはこれまでと少しも変らないところであり、従つて右賃借地の利用及び賃料の支払等についてはこれまでと実質上何等変りのないものである事情が認められる」と認定し、「このような事情の下においては、他に別段の事情の認められない限り、被控訴人トシミが右土地賃貸人である控訴人の承諾を得ないでその賃借権の一部持分を右洋子等に譲渡したとしても、これを賃貸人に対する背信的行為であるものとし、又は民法第六一二条の法意に反するものとはいえないと認めるのが相当である」と判示した。

しかしながら賃借人の何人なるかは、賃貸人の利益に関し至大の関係を有する事項であつて賃借人の職業、資力、性行等異なるに従つて自ら物の使用方法等にも差異を生ずべく、且つ賃料の支払いについても亦別異の結果を生ずるものであるから賃借しようとする者の如何により賃貸しようとする者において賃借の申入を拒否することあるべきは理の当然であつて民法第六一二条の存在理由もここにある。若し原判示の如く、親が未成年の子に対する賃借権持分の譲渡については賃貸人の承諾を要しないものとすれば、賃借人の一方的自由意思により賃貸人不知の間に賃貸借契約の当事者が複数化し賃貸人の有する賃料請求債権の細分脆弱化を齎らす。かくの如きは賃貸人に著しい不利益を与えるばかりでなく、賃貸借契約一般の安定性を害うものとして許されないものと信ずる。

原審は判示の補強として、前叙の如く資金の出所を掲げているけれども、当初賃貸人に知れざる資金の出所の故を以つて、賃貸借契約の当事者をその出資者に符合せしめる自由が賃借人にありとすることも、また前叙事由により賃貸人に著しい不利益を与え、賃貸借契約の安定性を害うものとして許されないものと信ずる。

のみならず、その資金の出所を見るに乙第六号証の二(古川信重の証言調書)によれば「一、私は目黒区平町に家屋を所有していましたが昭和二十八年十一月三日に小島トシミと藤本明に売りました」とあり、又原審が採つて証拠に供しているその藤本明(現姓石塚明)自身が本件第一審において「一、……その家屋を買受けました当時は私夫婦は内縁関係にありましたのですが家屋を買受ける資金について双方で金を出しあつたものです。」「二、本件家屋は小島トシミが買受けその売買代金を古川に支払つたことは私は知つて居ります、この売買代金は私とトシミとで半額づつ支出したのでした」とあつて出資の真相を良く表明して居り、又これが常識であらう、これほど出資関係が明確にせられているに拘わらず原審は、この藤本明(現姓石塚明)本人訊問の結果を採りながら、右資金はトシミ親子より出でたものと認定しているのは証拠に基かないで事実を認定した違法があるか、証拠に対する判断を遺脱した不法がある。

又原審は「賃借地の利用及び賃料の支払等についてはこれまでと実質上何等変りがないものである」ことを附加しているけれども立法論としては暫く別とし、成法上の解釈としては飛躍しすぎているものとして許されないものと云わねばならない。殊に「被控訴人トシミが右洋子及び一夫の親権者として……右賃借地に対する賃料を支払つて」いると判示しているが(乙第三号証ノ一乃至十によれば、その事実は認め難い。)親権終了後における(本件においては既に親権終了している)事情の変化に一顧も与えなかつたところに法解釈の誤が潜んでいる。

第三点

原判決はその理由四、(イ)において「控訴人主張の本件土地の中央部に控訴人主張の診察室兼居宅一棟建坪五坪二合五勺が建築されたことは当事者間に争がない。そして成立に争のない乙第二号証の一、甲第十四号証によると、右建物は昭和二十八年十二月五日被控訴人石塚明(旧姓藤本)名義で建築物確認を受け、同人名義でその固定資産税を支払つているものであることが認められる」としながら原判決挙示の証拠によつて、被上告人トシミの所有に係るものと判示している。しかしながら、乙第六号証の二(古川信重の証言調書)によれば「一、私は目黒区平町に家屋を所有していましたが、昭和二十八年十一月三日に小島トシミと藤本明に売りました」とあり、その藤本明自身本件第一審において「一、…その家屋を買受ました当時は私夫婦は内縁関係にありましたのですが家屋を買受ける資金については双方で金を出しあつたものです、そして私の診療所を増築したものです」又「二、本件家屋は小島トシミが買受け、その売買代金を古川に支払つたことは私は知つて居ります。この売買代金は私とトシミとで半額づつ支出したのでした。この本件家屋買受けの交渉は私がしたものです」とあつて、買受けの真相を良く表明して居り、又これが常識であらう。されば石塚明としては買受け建物の少くとも半分は自己のものと考え、自己の資金を以つて建てる診療所に自己の名義を使うは当然であつて、自己の名において固定資産税を納めていることなども、共に再度の内縁関係者間に存する財産主張の機微の現われである、さればこそ、成立に争のない甲第二十号証(答弁書)甲第十二号証(判決正本)の記載によつて明かなように右石塚明が訴外古川信重より建物二棟とその敷地の賃借権を譲り受けたことを主張し、前記診療所が石塚明自ら建てたものであり、石塚明の所有なることを認めているばかりでなく、これを強く主張しているのである。然るに原審はこれらの証拠に対し何等の説明も与えず又何等排斥することもなく、漫然石塚明の所有なることを否定したのは、証拠に対する判断を遺脱した不法がある。

又原審は「右建物の診察室部分が右明の所有名義となつており右明において居住使用しているからといつて、それは土地賃借権の譲渡又は転貸でないのは勿論、これを賃借地の用法に反し又は賃貸人に対する背信的行為にあたるものとして土地賃貸借契約を解除する理由となるものとは認められない」と判示しているけれども、凡そ賃貸土地に第三者名義を以つて建物を所有することは、後日に至り既成事実を維持しようとして紛議を醸すべきことの多かるべきは実験則上肯認せらるべきことであり、賃貸人に対する背信行為の甚しいものと云わねばならない。これを然らずとする原判決にはこの点に関する法律の解釈を誤つた違法がある。

第四点

原判決は、その理由四、の(ロ)において、「被控訴人石塚トシミが昭和二十九年十一月十一日控訴人主張の原判決添付第二物件目録記載(イ)の建物を、その敷地の賃借権と共に訴外八崎又三郎に譲渡する契約をしたことは被控訴人等の争わないところ」となし、その経緯として「右建物には以前から訴外丸山福太郎が居住しており、被控訴人トシミは右建物買受の頃右丸山から金三十万円を月三分の高利で借受けたが、その返済が容易でなく結局は右金額程度で右丸山に右建物を取られてしまうことを恐れ、これを防ぐために右八崎に所有権を譲渡する形をとつたけれども実質上もこれを譲渡したものではなく、従つて右賃借地の利用及び賃料の支払等についてはこれまでと何等変りのないものであることが認められる。」となし、結局右は仮装譲渡にすぎぬと判示している。

しかしながら、成立並に原本の存在について争のない甲第八号証(訴状)によれば、右建物の買受人八崎又三郎は同建物の所有者とし、その所有権に基き居住者丸山福太郎に対し昭和三十年八月二十九日建物明渡請求の訴を東京地方裁判所に提起し(同庁昭和三十年(ワ)第六四六二号)同三十一年十一月七日甲第十五号証(第八回口頭弁論調書、和解)記載のように右八崎より丸山に対し、改めて賃貸する旨の裁判上の和解をなしている。又甲第十一号証(判決正本)によれば、原告は本件上告人大沢英次、被告八崎又三郎外三人間の東京地方裁判所昭和三十年(ワ)第八六三七号建物収去土地明渡請求事件において、右八崎は右建物は自己の所有なることを認め昭和三十一年一月十九日原告たる上告人に対し右建物の買取請求権を行使し、同裁判所はその請求を認容し、昭和三十二年八月十四日判決の言渡をなしている。

原審のように石塚トシミより八崎又三郎に対する右建物の所有権移転登記は相通じてなした仮装行為であつたとすると右八崎より居住者丸山福太郎に対する明渡請求の訴も石塚トシミと八崎とが相謀り、所有者にあらざる八崎を所有者なりとなし、裁判所を欺いて裁判上の和解を成立せしめ、一方これ又相謀り、右建物の買収請求権を行使し、裁判所をしてこれを認容せしめる裁判をなさしめたことゝなる。このように自ら不信行為を重ねながら、他方右事実はすべて当事者相通じてなした仮装売買にすぎなかつたとするが如きは信義則に反し許さるべきものではないのに、漫然これを認容した原判決は信義則に反した違法あるか或は理由不備の違法がある。

のみならず、原審は仮装売買による建物所有名義の変更はその敷地の賃貸人に対し別段迷惑をかけるものではないから賃借人の承諾を必要としない趣旨の判示をしているけれどもこのようなことは徒らに仮装行為による建物所有名義の変更を奨励し、時日の経過と共に、敷地賃貸人との権利関係に紛淆を招来するものであつて賃貸人の迷惑も甚しいと云わねばならない。原審は想を茲に致さず、かゝる行為は賃貸人に対する背信的行為でもなければ民法第六一二条の法意にも反しないとしたのは結局民法六一二条の法意を誤解した違法があるか又はこれを肯認せしめるに足る理由を欠いた違法がある。 以 上

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